駅前第四ビルが愛した植樹

何も持たない君に、武器はもう必要ない。

乳首はブローチでもピアスでもない

男が男性を好きになって、子供が欲しくなる。

乳首は乳首でも、男の乳首はいったい、何のためにあるのだろう

砂漠で飲み水を欲しがるように、私はあなたを愛しています。どうしようもなく、好きなんです。そんな無二の相手が不幸にも男だったとしたら、今の社会ではかなりの制約を受けます。

しかし重い枷をかけるのは、社会だけでしょうか。お父さんやお母さんはどう思うでしょう。身内の目を気にしたりはしないのでしょうか。

まるで超難解なダンジョンに迷い込んだ、世界を救うべき主人公の如く、数々の難関を面の皮の厚さと詐欺師的な話術で運よく、クリアできたとしても、最後に立ちふさがるラスボスは、想像をはるかに超えた強力な相手になることは自明の理です。

乗り越えるべき相手は自然の法則だったのです。

精子と精子で子どもを作る方法はあるのか。果たして精子は愛する人の精子を、あなたと同じように愛することができるのか。

仮に精子同士の交配を、アンドロイド的な解決策を用いてクリアしたとしても、子宮はいったいどこにあるのでしょうか。

母さん、僕のあの子宮、どうしたでせうね? ええ、夏 碓井から霧積へ行くみちで、渓谷へ落としたあの子宮ですよ。というような、人間の証明ではなくて、子宮の証明になったとしても、文句はありません。

ただし、あらぬ進化か人工的な産物にしろ、子宮を大腸の近辺に配置するのだけはやめてもらいたいと強く進言します。赤ちゃんがクソまみれになります。

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鼻の穴が二つないと、人間は生きられない

生きていけないと生きられないと生きたくない。

鼻の穴が二つないと、人間は生きられない

そのどれにあてはめても支障がでない言葉は、二つの鼻の穴です。

鼻の穴がなくては生きていけない。鼻の穴が一つでも、生きられない。生きたくなくなったら、鼻の穴を塞げば良い。このうち、鼻の穴をなくすことと塞ぐことに関しては、何の説明もいりません。

即座に息が止まるからです。

ただしもう一つ、私の脳の片隅でいきなり直立不動、しゃしゃり出てくる感情の答えがありました。それは、女性です。

彼女がいなくては生きていけない。彼女に嫌われたら、生きられない。もうこれ以上、彼女とは生きたくない。

これはどれも真理ですが、すべて間違っています。最後の生きたくない以外は、ほぼ錯覚、一瞬の熱情と言い換えても差し支えないからです。

このような諸事情の結果、今回は、二つの鼻の穴にこだわります。

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ソ連へ逃げた岡田嘉子は恋の樺太逃避行と騒がれました

ソ連への越境を決意した岡田嘉子は、樺太で消息を絶ちました。

ソ連へ逃げた岡田嘉子は恋の樺太逃避行と騒がれた

岡田嘉子(おかだ・よしこ)は女優でしたが、彼女が活躍したのは私が生まれる前の話です。しかしとにかく、すごい経歴の持ち主です。

写真で見る限り、岡田嘉子はかなりの美人です。しかも今でいう恋多き女優でした。

「出家とその弟子」という山田隆弥主宰の舞台協会公演で、新劇界のスターになります。映画にも進出しましたので、順風満帆な芸能活動を切ったと言えます。

山田隆弥とは仕事だけでなく、内縁関係にあったようですが、1927年に映画の相手役、竹中良一と撮影中に失踪します。結婚までしました。

しかし36年には、演出家の杉本良吉と恋に落ちたのです。

ひょっとすると、岡田嘉子にとって杉本良吉は運命の人だったのかもしれません。

けれどもまさしく、不倫です。この当時の女性でここまで奔放に生きた人は、おそらく他にはいないでしょう。しかも彼女は奔放なだけでありません。誰もが欲してやまないくせに、ついつい取り逃がしてしまう愛情というものを、鷲づかみにできるような女性でした。

彼女は遠慮などしないのです。人を愛するためならば。

愛情が深すぎる人を、私は私の人生の中で幾人か見た覚えがあります。

愛するがゆえに、その他のものを決して見ようとしない。人間の視覚にも、それから心情にも、そういった偏りは多々、存在します。

偏りは愛ゆえですが、しかし愛ゆえに許されるわけでも、愛したがゆえに幸せになれるわけでもありません。しかも愛情はいつもいつも、きれいなものばかりではない。愛される側の者を不幸のどん底へ突き落してしまう場合も、あり得るのです。

対象は愛人であろうが、息子であろうが、娘であろうが同じです。愛人も息子も娘でさえも、不幸せにしてしまう愛情もやはりあると認めるしかありません。

鬼気とした愛です。

愛情はときとして、本人にも愛される側にとっても、ひたすら残酷です。どうしようもないほど悲惨な運命を呼び込んでしまう場合もあると、岡田嘉子の経歴を調べれば調べるほどに、感じさせてくれました。

まさに岡田嘉子は、愛情の鬼です。

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ニジンスキーは、神の道化か

空跳ぶバレエダンサー、ニジンスキーは伝説の人であり、神に魂を奪われた者であるとも言われています。

ニジンスキーは、神の道化か

ニジンスキーはまさしく、天才でした。彼は空を跳びました。

10歳でマリインスキー劇場付属舞踊学校に入学し、18歳で劇場の主役に抜擢されました。バレエダンサーとしての人生は、紆余曲折があったにせよ、彼の才能は誰からも疑われることのないものでした。

しかしニジンスキーは徐々に、精神を病んでいきます。

自分を囲む線を引き、その中からしか物事を見ることができなくなったのです。

彼の中には常に、自分しかなかったのかもしれません。たとえ自分以外の者を語る場合にも、それは三人称でくくられた、彼ではない自分自身だったのではないかと思われます。

後年、ユングが幻覚に悩んだように、ニジンスキーは自分の存在に常に悩まされ続けたのです。

天才ゆえに訪れた、神の試練であったと言ってしまえば、それまでですが。

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蟹工船の作者、小林多喜二は拷問のうえ、虐殺されました

小林多喜二はなにゆえに虐殺されなければならなかったのか。

蟹工船の作者、小林多喜二は拷問のうえ、虐殺されました

小林多喜二はプロレタリア作家と言われていました。プロレタリアとはそもそも、賃金労働者階級、無産者階級を指す言葉です。彼の作品で近年、再脚光を浴びた「蟹工船」などはまさにそれでしょう。

彼はただ単に殺されたわけではありません。拷問の末に、なぶり殺しにされたのです。

虐殺された証拠も証人も残っています。

首には細引きの痕が深く溝のように残り、皮下出血の線が赤黒く引かれてあったと言います。左右の手首にも縄の食い込んだ痕跡があり、そこから血がにじんでいたそうです。

それでも小林多喜二の体に記された拷問の証に比べたら、首も手首もそれほどのことはありませんでした。帯を解いて着物を広げ、ズボンの下を覗いたときに、間違いのない死因を見つけたと、小林多喜二の遺体を確認した者は、話しています。

なぜ小林多喜二は、こうまでひどい仕打ちを受けて、虐殺されなければならなかったのか。

調べれば調べるほどに、ひどい描写が出てくるので憂鬱になりました。

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