わるぢえ
迷ったとき、私はいつも、ある女性のことを思い出します。 彼女だったら私のように躊躇うことは決してない。最も簡単な方法で、あっさりと自分のしたいようにやるはずだ、そう考えるのです。
その日、天気予報が私の希望と一致したので、知恵を誘うことにしました。 私たちは近鉄百貨店へ向かいます。 百貨店へ行くと私が宣言したとき、知恵は驚くほど浮かれた顔をしました。
なんと嵐の中で、私たち三人は野球をやることになりました。 もちろん、社長の独断です。私は拒否することができない立場でしたし、小春はあの調子です。社長がやると言えば、なんでもやるしかなかったのです。
天王寺美術館の前は、まるで舞台ようです。 真上から降り注ぐ雨はシャワーのようでした。社長と私は嵐に翻弄されていましたが、ただ一人、小春だけは水を得た魚のように、嬉々として立ち上がりました。
大変なことになりました。小春がなんと行方不明です。 天王公園の中を慌てて探しましたが、見つかりませんでした。途方に暮れるわけにもいかず、今はただ、小春を無事、見つけるために精一杯やるだけです。
ピンクのソフトクリームを手に入れた小春は、意気揚々と先へ進みます。 天王寺動物園でべそをかいていた小春は、天王寺公園の入り口にいた行商のおじさんのお蔭で、機嫌が直りました。
通天閣南本通を南下すると、天王寺公園の《美術館下ゲート》の前に出ます。 ジャンジャン横丁で串カツを食べたあと、通りを南へ向かいます。 左手には、天王寺動物園の入口が見えました。小春を連れて行くには打って付けの場所だと思い、動物園の入口でチケ…
お昼近くになって、小春のお腹が「ぐぅ」と音を鳴らしました。 障害のある得意先のお嬢さんと、奇妙な道連れになった私は、新世界で昼食を摂ります。
大変です。小春の体の震えが大きくなっています。 思わず私も叫びました。 「すみません、この子がトイレなんですよ。頼むから、どいてくれ」 必死の思いを喉から絞り出しました。
地上へ出てから見上げると、すぐそこに駅前ビルが現れました。 天王寺公園へ向かった私と小春の間には、かなりの問題が生じました。 けれどもそれもやっと収束し、地下駐車場から地上へ上がったときの話です。
どうにか車を発車させました。 ルームミラーに手を添えて背後を確認します。社長の車が後ろにいます。いくら気にするなと言っても、どうしても後ろの社長の存在が、背後霊のようになって私にまとわりついています。
彼女の名前は西上小春(にしがみ こはる)と言います。 もちろん、仮名です。 西上社長の邸宅は、関西でも有数の高級住宅地である芦屋にありました。 北には六甲山を望み、南に大阪湾を従えています。山のほうから海に向かって緩やかに傾斜し、深緑の海が優…
西上電器(仮名)の社長に呼び出されて、知恵の店へ行きました。 社長は知恵を遠ざけて、奥の席に私と二人だけで座っています。 「わしにはな、四十前にできた娘がおるんや」 唐突に話題を変えました。
知恵の店に入ったとたん、「まいど」という声が聞こえてきました。 大阪には特別な言葉があります。「まいど」という言葉には「おはようございます」から「こんばんは」までが含まれているんですから、まったく便利な挨拶です。
おそらく誰でも、生涯に一度だけ経験するに違いない百万ドルナイト、それが私にとってはあの夜でした。 妄想の中でなら、姉ちゃんを何度も抱いたことがあります。 「なんか、首の辺りがこそばゆいわ」
私にとってのあの夜は、まさに百万ドルの価値があります。 姉ちゃんと約束した晩、私は仕事で遅くなり、帰るのが少し遅れました。慌てて通路を走ると、ドアの前に立つ人影を見つけて、足を緩めました。近づくにつれて、輪郭が鮮やかになっていきます。
知恵の姉ちゃんが昼間、何の前触れもなく、私の工場にやって来たのです。 あの日の私は、まさに有頂天で、雲の上でも歩いているかのような気持ちでした。
スナックで知恵といると、時折、似合わないことを言いました。 高校のときから被害者の会を連れて歩いていたくせに、よくもそんなことが言えるもんだと、感心した覚えがあります。
あれは高校一年の初夏だったと記憶しています。 悪友《わるぢえ》との出会いは、私にとって、悪夢のような出来事がきっかけでした。