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何も持たない君に、武器はもう必要ない。

認知症と悪魔と、夜中にかかってきた、病院からの電話

病院から電話がかかってきたのは、深夜でした。

認知症と悪魔と、夜中にかかってきた、病院からの電話

叔母は腎臓の調子が良くなかったので、少し前から入院していました。私は自宅介護に疲れ切っていたから、正直に言えば、叔母が入院してくれて、心の中でほっとしていました。

「認知症を予防しないと、鬼が出る」からの続きです。

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しばらくはゆっくり眠れる、そう思ったのです。

ところが夜中の3時ごろ、入院先の看護師さんから電話がかかってきました。

「すぐに来てください。暴れてるんです。もう手におえないです」

看護師さんの声はかなり、切羽詰まったものでした。聞いた瞬間、胸の奥で、私の心臓が小さな悲鳴をあげるのを自覚しました。

飛び起きて家を出ました。車に向かいます。

病院までは自動車で20分ほど、赤い点滅信号を見つめながら、私はどうしたらいいのか、途方に暮れながら運転をしていました。

面倒見きれない、さっき聞いた看護師さんの言葉が、耳の奥で何度も再生されています。

まさか病院を追い出されるようなことはないはずだ。でもひょっとしたらと、堂々巡りの思考の中で、私の意思は激しく揺らいでいました。

やがて病院近くに到着しました。

病院の駐車場が使えなかったので、近所のコインパーキングに車を止め、夜間専用の入り口を探して、インターホンを押しました。名前を名乗ったあと、看護師さんから呼ばれたことを告げると、ドアが開いて病院の中へと足を踏み入れます。

夜の病院というのは、なんと不気味な場所なんでしょうか。

あらぬ想像を掻き立てられます。まるで死人がそこらじゅうを、闊歩しているかのように感じてしまい、おぞましい感覚が背筋を走りました。バイオハザードとか、映画で見たシーンが蘇ってくるのだから、それこそたまりません。

エレベーターに乗って上の階へ、そして病室へと向かいましたが、意外にも叔母はそこにはいませんでした。

いったん廊下に出て、ナースステーションへと向かいます。

ナースステーションの入り口近くへ来た途端、中の悲鳴が聞こえてきました。

「やめてください。何をしてるんですか」

看護師さんの声です。慌てて部屋に入ると、車椅子に乗った叔母が、二人の看護師さんを部屋の隅に追いつめていたのだから、驚愕ものです。

「お前ら、うちを誰やと思うてるんや。ええ加減にせんと、シバキ倒すどぉ」

当時、86歳だった叔母の凄味を利かした脅しの前に、二人の看護師さんは呆然自失、今にも泣きださんばかりに縮こまっていたのだから、私のほうもかなり驚きました。

叔母はまったく自力では歩けません。車椅子でしか、移動の手段がないのです。それがなんと、車椅子を器用に操りながら、看護師さんの行く手を阻むその光景ときたら、自分にまったくかかわりがない出来事であったとしたら、ひょっとするとその場で大笑いした可能性も否めません。

それくらいその場は滑稽で、それでいて緊張感と哀しみに溢れていました。

当事者であるから、私は笑えないのです。

私や叔母が育った地域は、大阪でもかなりガラの悪い土地柄であったため、認知症で我を忘れてしまった叔母の口利きは、どうしようもなく乱暴で狂気に満ちていました。

恥ずかしいとか、そういう問題じゃないんです。

私は叔母と、それから自分自身をも、このとき、嫌悪の対象として見ていました。

とりあえず、叔母を取り押さえて病室へ向かいましたが、そのときの私の声はもはや涙声で、それのほうが叔母の態度よりもよっぽど恥ずかしいと感じていました。

病室に入った叔母は、ベッドから降りられないように拘束具を使われて、体の自由を奪われました。それが余計に腹が立つのでしょう。口汚く看護師さんや私を大声で罵っていました。

まるでそれが私には、悪魔の叫び声のように聞こえていたのです。

いったい誰が悪魔なのでしょうか。

私は心の中で、叔母の言葉以上の悪態を、まるで呪文のように唱えていたのです。

もうこんな生活は嫌だ。なんで俺がこんな目にあうんだ。そして、ここには書けないような言葉まで口にしていたのだから、思い出しただけでもぞっとします。

看護師さんにひたすら頭を下げて、今夜のところは穏便に済ませて貰えるように計らいました。それから病院を出て、また赤い点滅信号が灯る道路を急ぎます。

その間も私は心の中で、呪文を唱えるのをやめませんでした。

果たして、誰が悪魔だったのか。私は恐ろしくて、それをはっきりさせることができませんでした。

私は当時のことを振り返ると、今でも体中が竦みます。おそらく死ぬまで、私は私自身を弁護しなければ生きてはいけないでしょう。

それくらい、認知症を間近に見たときのインパクトは凄まじかったのです。

最後まで読んでくれて、本当にありがとうございます。

「痴呆症・認知症の初期症状、ネコがおるから始まった」へ続きます。

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