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宇宙の謎と最後の者たちへの希望

宇宙そのものが謎の宝庫なので、今更、宇宙のどこがミステリーなのかと、改めて問うのもおかしいような気がします。

宇宙の謎と最後の者たちへの希望

だからと言って、日々感じる疑問とは桁違いにミステリーであることは、間違いのない事実です。

たとえば、宇宙の星の数と地球にある砂粒の数は、どちらが多いと思いますか?

なんと宇宙の星のほうが、砂粒よりも圧倒的に多いんですね。

地球全土にある、砂粒を蹴散らすほどの勢いで星は生まれてきたし、今もなお、生まれ続けているわけです。

ところがやがて、地球では満天の星を見ることができなくなる日がやってきます。

そんなこと、信じられますか?

砂粒よりも多い星が、空からほとんど消えてしまう日は必ず、やってくるのです。

宇宙の膨張によって、銀河同士がどんどん遠ざかっているからです。

どれだけ宇宙って、広いのかと驚いてしまいますが、さらに空間は広がって、銀河同士で目視できなくなってしまうというんだから、仰天ものです。

これだけでも、とても許容できないくらいのミステリーですが、それをもう一つ発展させれば、もっと手の届かない疑問が現れます。

早速、謎の入り口に立ってみます。

ここで私は考えをめぐらします。そして突然ひらめいて、今までの常識をとりあえず、一つ壊すことを考えました。

決心した瞬間に生まれた疑問が、脳裏を横切ります。次に私は呟きました。

宇宙は一つですか?

我々が生まれたこの宇宙は、奇跡的な偶然で生まれた唯一無二のものですか?

この疑問こそが、常識を粉砕する第一歩になります。

こんな風に聞けば、たいていの人は、宇宙だって一つではないだろうと答えるはずです。そのほうが理にかなっているからです。

我々が存在する宇宙以外にも、別の宇宙がきっと在るに違いないと、様々、思いを巡らすのは、人に教えられたものではなくて、おそらく本能からくる知識です。

でも別の宇宙は一つですか? それとも複数ありますか?

ここで常識を一気に、壊すのです。

地球上の砂粒よりも多い星、その星よりも更に多数の宇宙が、実は存在しているのかもしれません。

これは仮定の話ですが、かなりまっとうな理論です。

星よりも多くの宇宙が存在しているかもしれないというのが、まっとう理論などというのは、現実離れし過ぎていて、考えにくいですが、それこそが常識を壊す第一歩であるのは、間違いありません。

我々は特別ではありません。もちろん、星も同じです。

そうなると、宇宙も特別な存在ではないと考えるほうが、ずっと自然なわけです。

漫画や小説の世界でよくある、パラレルワールドっていうやつですか?

パラレルワールドという考え方もありますが、現実的とはとても言えません。我々が存在している宇宙とは、まったく違う物質で構成された宇宙が、そこらじゅうに転がっていると考えたほうが現実味を帯びます。

そこでは我々と同じような生命体は住めません。

我々は住めませんが、別の構成で生まれた生命体がいないとも限りませんし、生命体がすべて我々と同じような形態をしていると考えるほうが、ずっと不自然です。

それとも宇宙にとって、生命体は必要不可欠な要素の一つではないのでしょうか。

だとしたら、宇宙を構成する上で、どうしても外せない要素はいったい何なのか、ここでもやはり疑問が生まれます。

少なくとも、我々も、我々が暮らす太陽系も、それを取り囲む宇宙にしても、決して特別でも偶然でもないきっかけによって生まれたと考えるほうが、至極、自然な考え方であるのはいうまでもありません。

では宇宙はいったい、どこに生まれたのか。

私たちは何にでも入れ物を求めたがります。当然、宇宙が有限であるのなら、その外側には宇宙を内包する入れ物が、必ずあるはずだと考えるわけです。

ひょっとすると地球上の砂粒よりも多い星よりも、さらに多数、存在するかもしれない宇宙、それを入れるということになれば、途方もないほどの大きさの器が必要になるのではないか、そう考えるのが私たちの常識です。

ところが現在では、宇宙は無の状態から生まれたとされています。

無の状態というのは、空間も時間も存在しない場所です。当然、広さも大きさという概念もそこでは無意味なわけです。

宇宙の内部でしか、時間と空間は意味を持ちません。

だから無の状態には、無限の宇宙が存在できるということになるのです。宇宙が存在している場所は、器ではなくて、空間や時間がない場所だということです。

イメージしにくいかもしれません。

時間や空間こそが、宇宙が持っている特性であり、宇宙の外側には存在しないものだと言えるのです。

果たしてこれで宇宙の謎は解けたのかと言われると、まったくの徒労です。解けないからこそ、謎なわけです。宇宙の謎はおそらく、宇宙が終わるそのときまで続くはずです。

最後の最後、その瞬間に立ち会った者こそが、謎の深淵に立てるのかもしれません。

それが我々人類か、それとも別の生物、はたまた機械が我々にとって代わって、最後を目撃するのかはわかりませんが、少なくとも人類が残した最初の第一歩は、最後を飾る者たちにとって、とても重要な意味を持つ足跡ではなかったかと思います。

それを思うと、私は人間に生まれてきたことを、ほんの少し誇りに思ったりします。

そして最後の者たちに敬意を表して、今回の記事を終えることにします。

最後まで読んでくれて、本当にありがとうございました。

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