空跳ぶバレエダンサー、ニジンスキーは伝説の人であり、神に魂を奪われた者であるとも言われています。
ニジンスキーはまさしく、天才でした。彼は空を跳びました。
10歳でマリインスキー劇場付属舞踊学校に入学し、18歳で劇場の主役に抜擢されました。バレエダンサーとしての人生は、紆余曲折があったにせよ、彼の才能は誰からも疑われることのないものでした。
しかしニジンスキーは徐々に、精神を病んでいきます。
自分を囲む線を引き、その中からしか物事を見ることができなくなったのです。
彼の中には常に、自分しかなかったのかもしれません。たとえ自分以外の者を語る場合にも、それは三人称でくくられた、彼ではない自分自身だったのではないかと思われます。
後年、ユングが幻覚に悩んだように、ニジンスキーは自分の存在に常に悩まされ続けたのです。
天才ゆえに訪れた、神の試練であったと言ってしまえば、それまでですが。
ニジンスキーのことを長々と語るよりも、彼が手記に記した一編の詩を読んだほうが、ずっと彼のことを理解できるかもしれません。
ニジンスキーの手記に記された彼の詩を、ここで紹介します。
私は徒歩で散歩に出かけた。私はひとりで散歩をするのが好きだった。いまもひとりで散歩するのが好きだった。私はひとりが欲しい。お前はひとり、私もひとり。私たちはひとり、あなたがたもひとり。
私は書きたい、書きたい。私は言いたい、言いたい。
私は言いたい、言いたい、書きたい、書きたい。
どうして人は詩で語れるときに、詩で語らないのか。私はリズムだ、リズだ、ムだ。私はリズにのりたい。ムにのりたい。おまえはリズム、私はリズム。お前はリズ、私たちはム。お前は神だ、私は彼だ。私たちは私たち、あなたがたは彼らだ。
私は言いたい、言いたい、お前は眠りたい、眠りたい、と。
私は書きたい、眠りたい。
ー以下略ー
ニジンスキーの手記より引用
ニジンスキーの手記はおおむね、こんな調子です。
そこに意味を見いだそうとしたり、語句を繋げようとするのは、大きなお世話のような気がしてなりません。
彼の手記は、印象だけで読むべきだと私は考えています。
しかしもともと彼が、精神的な疾患に苦しんでいたわけではありません。ニジンスキーの言を借りれば、彼は神と結婚する日を迎えて、そしてそのときから自分自身の囚われ者になったのです。
囚われたその日から、ニジンスキーは手記を書き始めました。
ちょうどロシア革命が起こったころの話です。
ニジンスキーは家族とともに、中立国であるスイスのリゾート地に家を借りて、暮らしていました。しかしそのころから、ニジンスキーの様子には、奇妙なズレが生じてきたのです。
彼が神から持たされた奇妙なズレは、明らかに普通の人にはないものです。
ここでいう普通とは他人から見て、奇妙に見えない人の動作を指しています。それがニジンスキーの素行と比べて、優れていると言っているわけではありません。
けれどもニジンスキーは確かに、誰が見ても奇妙なふるまいをするようになったのです。
それでもまだ、創作意欲が盛んなうちは、それほどのことはありませんでした。しかしやがて少しずつ、舞踏に対する興味を失い、作品の構想を練ることもなくなり、踊りの稽古もしなくなったのです。
絵を描くことばかりに、没頭するようになりました。
しかし突然、ニジンスキーは観客を集めて、踊りを披露したいと言い出します。1919年のことです。
公演はスヴレッタ・ハウスというホテルで開かれることになりました。
公演前にニジンスキーは、妻に向かって囁きます。「きょう、私は神と結婚する」
公演が始まると、ニジンスキーは白いだぶだぶの衣装を着て、舞台に現れました。彼の前には200人近くの観客が待ち構えています。
やがて音楽が始まりました。
しかしいつまでたっても、ニジンスキーは動き出そうとはしませんでした。舞台の中央に置かれた椅子に、腰を下ろしたままでした。
彼はそこからじっと、観客のほうを見つめていたのです。当時はまだ「暗黒舞踏」を知っている人などいない時代です。観客はニジンスキーの奇妙なふるまいを、どう解釈したらいいのかわからずに当惑しました。
たまらず妻が駆け寄ります。何か踊ってくれと頼みました。するとニジンスキーは激怒して、妻に対して怒鳴り声をあげました。
やがてゆっくりとニジンスキーは両腕を頭上まで持ち上げます。次には全身から力を抜いて、両腕をだらりと垂らしました。
ニジンスキーの様子を見た観客は、騒ぎ出します。席を立つ者まで現れました。もはやそれは、観客が期待したニジンスキーの姿ではなかったからです。
それでもニジンスキーは、舞台をおりようとはしませんでした。滑稽な動作で踊ってみせます。やがて舞台の上で、予期せぬ行動を見せました。白と黒の長い布で、大きな十字架をつくったのです。
ニジンスキーは十字架の頂点にあたる場所に立ち、今度は戦争で失われた命について説教を始めました。
観客はあきれましたが、そこから先が実は本番でした。
ニジンスキーは宣言します。「これから戦争の踊りを踊ります」そしていよいよ、何かにとりつかれたかのように激しく踊りだしたのです。
伝説的な跳躍を見せました。彼は凄まじい形相をして、疲労困憊するまで踊り続けました。
このとき観客は間違いなく、ニジンスキーが空を跳んだ瞬間を目撃したのです。
そしてその日から、彼は有名な「ニジンスキーの手記」を書き始めました。ついに自分自身に囚われてしまったのです。
私は書きたい、書きたい。私は言いたい、言いたい。
私は言いたい、言いたい、書きたい、書きたい。
孤独な場所から、ニジンスキーの悲痛な叫び声が聞こえてくるような言葉が並んでます。
ニジンスキーについてはまた書く機会があれば、記したいことがたくさんあります。
最後まで読んでくれて、本当にありがとうございました。
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