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駅前第四ビルが愛した植樹

何も持たない君に、武器はもう必要ない。

フケを大量に集めて飲み込むのだけは、絶対にやめたほうがいい

オヤジが亡くなったのは、もう20年ほど前のことになります。

フケを大量に集めて飲み込むのだけは、絶対にやめたほうがいい

オヤジは酒飲みで、ギャンブル好きで、かなりの遊び人でしたが、仕事もよく頑張りました。製造業の会社を起こし、家族を養ってきたのですから、今、私がこの歳になると、その一つ一つがどれほど大変なことだったか、よく理解ができます。

カテゴリー「ルーツ」はこの記事が始まりです。

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オヤジは戦争へ行きました。

海軍の通信兵だったらしいです。

心臓が弱かったらしく、検査で撥ねられて潜水艦には乗れず、結果的に命を拾ったというのですから、皮肉な話です。

もしも検査に引っかからず、潜水艦に乗っていれば、私が生を受けることもなかったわけです。

戦争が終わって内地に戻ってきてから、しばらく消防署に勤めていたそうです。でも気ままな人でしたから、サラリーマンは向かず、パン屋に弟子入りして、パン職人を目指します。

そのうち家でパンを焼き、家の前で自作のパンを売り出すと、これがかなりの大ヒット、壁紙の裏に売り上げを隠すくらい儲かったというんだから、驚きです。

オヤジの妹である叔母も手伝ったと話していました。

しかし弟が毎晩、壁から売り上げを抜いて、夜の街に繰り出していたせいで、結局は元の木阿弥、くたびれ損のただ働きになってしまったというんだから、もっと笑えます。

酔うとその当時の話を、大声で話して笑っていました。

お酒の量が増えると、戦争中の話もよくしてくれました。

どうやらオヤジは、かなりの食わせ者だったらしく、怪しげな話をいっぱいしてくれました。

戦友たちとの悪あがきめいた話もありました。

何やらフケをたくさん集めて、それを一気に飲み込むと、一時的に盲腸のような状態になるらしいです。最前線に行くのを逃れるために、戦友たちといろんな策を講じたと、不埒なことを面白おかしく話していました。

実に不真面目で、でも憎めない、不思議な人でした。

ひょっとすると、潜水艦に乗るのがいやで、検査前に大量のフケを集めて飲み込んでいたのかもしれないと、小さかった私はオヤジの話を聞きながら、想像をたくましくしていました。

今から思えば、戦死してしまった人たちには、大変、申し訳ない話です。心よりお詫び申し上げます。でもオヤジには悪気はなかったはずで、亡くなった戦友たちのことを話しながら、涙を浮かべていたことも付け加えておきます。

とにかく、オヤジの若い頃は、世の中が波乱万丈でした。

オヤジ自身もそれに振り回されながら、無我夢中で生きていたに違いありません。

ずっと忙しく働きづめだったオヤジが、多少なりとも楽ができるようになったのは、65歳を過ぎた頃です。

65歳を過ぎて会社を私に譲ると、毎日、孫と遊ぶ、好々爺に姿を変えました。私の長男もかわいい盛りで、孫を抱きながら、満足そうに笑っているオヤジの姿を、今でもはっきりと覚えています。

とにかくオヤジは孫を溺愛していました。それと同時に、私の顔を見ながら、不思議そうに呟いたのを覚えています。

「お前の小さい頃のことが、悪いけど全然、思い出せんわ」

生きることで必死だったのだと思います。だからがむしゃらに働いた。しかも若かったから、オヤジはオヤジの人生を楽しむことも忘れていなかった。あの人のことだから、毎日、底抜けになって遊んだに違いありません。

小さかった息子のことなど、若かったオヤジの眼中にはなかったのでしょう。

それも仕方のないことです。

私は今、この歳になってようやく、オヤジのいろんな気持ちが理解できるようになりました。

ところがその頃です。たまたま時間に余裕ができたので、病院で精密検査を受けるとオヤジが言い出したのは――。

別段、体に不調があったわけではなく、気が向いたから、病院で検査を受けただけです。なのにそれからしばらくして、急速にオヤジの人生は変わってしまいます。

検査結果は、肝臓ガンでした。

「父は病室の壁を背にしながら、ソ連が来ると叫んだ」へ続きます。

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最後まで読んでくれて、本当にありがとう。私のオヤジのことを、私以外の誰かが、ほんの少しでも知ってくれたことを、心の底から嬉しく思います。

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などがあります。時間があれば、ぜひ読んでください。よろしくお願いします。