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駅前第四ビルが愛した植樹

何も持たない君に、武器はもう必要ない。

母を愛して父を知らない暗闇の子供

少年は父親を知りませんでした。

母を愛して父を知らない暗闇の子供

だから母親だけが頼りだったのです。少年はいつも心細かったのです。父親だけでなく、風景さえも見たことがありません。色彩も光も、実は母親の顔さえも知りませんでした。少年の眼(まなこ)には何も映りませんでした。花も虫も動物も、自分自身でさえもどこにもおらず、ひょっとすると、真実さえも見つけることができなかったのです。

それでも少年には母親がいました。少年にとっては母親こそが、世界のすべてだったと言い切っても間違いではありません。母親も少年を心の底から愛しみました。少年の風景になろうとしました。色彩であろうとしました。光のかわりになろうと努力をしたのです。けれども母親は、なぜか毎晩のようにすすり泣き、悲嘆にくれていました。

少年の父親は少年が生まれてすぐに、母親と少年を捨ててこの町を出て行ったそうです。父親のことを語る母の声はそれこそ、震えていました。心の奥底にある封印された感情が、震えた声から少年の瞳の奥に伝わってくるかのようでした。母の泣き声は、まさに慟哭です。少年にはそう聞こえました。

母はときおり父親の話を懐かしそうにしました。少年にとってはあまり好ましい話題ではなかったのですが、母の慰めになるならと、大人しく聞くようにしていました。少年は母の話を聞きながら、幼いころから父親に対する激しい憎しみを育てていました。それと同時に母親に対する愛情が、どんどん大きくなっていったのです。

ところが母親の涙にはもっと違う、別の意味がありました。

母親が毎晩、泣いている意味に、少年は気づいているつもりでした。母は少年のために泣いているのだと言いましたが、今でも父を愛しているからこそ、悲嘆にくれるのだと、少年は思っていました。父親が恋しくて母親が泣いている、そう思うことは少年にとって、辛い思い込みでした。

激しい嫉妬のために、眠るのも忘れて身もだえする夜が、幾日も続きました。なぜ自分ではダメなのか、少年はいつも考えていました。誰よりも愛する母、世界のすべてである母、その母の愛情を独り占めにしたいと願っていたのです。

けれども母親の涙の意味は、本当は違っていました。

少年の父親が家を出て行ったとき、母親はどうしようもないほどの悲しみを背負ったのは事実です。容易に消せる傷ではないとも、感じていました。けれども彼女には少年がいたのです。男性への愛情とはまったく種類の違う、それこそ無限に近い感情を母親は手に入れました。だから永遠に、少年を手放したくはなったのです。

母親は少年さえいれば、他には何もいらないと思うようになりました。それと同時に、少年を失ったときの悲しみを想像すると、神経の一本一本が千切られてしまうような痛みを感じたのです。

だから母親は毎晩、泣きながら祈っているのです。

「神よ、どうかお許しください。どうしても失うことが怖かったのです。あの子の父親のように、やがては私を捨てるに違いない。そう思うと体を焼かれるような苦しみでした。だからあの子の目をつぶしてしまいました。光を奪ってしまったのです。一生、私のそばにいてくれるようにと、私はそれだけを願ったのです。

どうか、神よ、愚かな私をお許しください」

少年は夕べも母親の悲嘆にくれる声を聞きました。かわいそうだと今朝も母のことが心配で心配でたまりませんでした。早く父親を忘れてほしいと願っています。少年にとっては、母親だけが世界のすべてからです。

だから少年は母を失うことを、ひたすら恐れているのです。

最後まで読んでくれて、本当にありがとうございます。

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