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駅前第四ビルが愛した植樹

何も持たない君に、武器はもう必要ない。

パンツを買え

こうなると少年たちはまた三人より固まって、知恵を絞る以外に私を説得するすべを所持していない。

パンツを買え

しばらく待つとようやく結論が出たらしく、三人そろって私の前でおじぎをした。

『パンパカパーン』
辰男のやつが調子をこいて、奇声をあげる。次に健次が一歩前に進み出た。

『おれたちの店は、今からバーゲンセールを行うことにした』

まったく意味がわからない。

「村唯一の風俗店が、ついに開店します」からの続きです。前の記事から読んでもらったほうが分かりやすいですが、この記事だけでも完結しているので、問題はありません。 www.8ssan.com

『なによそれ』
『バーゲンセールというのはな、ふだんよりも安く商品を売ることができるんや』

『それで――』
『そやから、おれたちは今、穿いてるパンツを五円で売る』

『高い』
本当なら、ただでもいらないくらいだ。

そんな私の態度を見て、また三人は集まって協議をし始めた。今度はすぐに意見がまとまったらしく、勢い込んで私のそばに戻ってきた。

『きょうは出血大サービスの日になった。ただでええ。こんなことは珍しいねんでぇ。感謝することや』

どうやら少年たちは、どうあっても自分のパンツを私に売りつけたいらしい。

しかたなく、店員とお客さんの役を交代した。

『いらっしゃいませ。奥さん、きょうはいつにもましてお美しい』
辰男のやつだ。

『A子、好きなやつのパンツを買え』
健次はあまりにも強引だった。

しかも彼らは私が前に立つと、のどの奥からおかしな音を鳴らすのだから、始末が悪い。

『パンツなんか、いらないもん』
私は最後の抵抗を試みた。

『あかんぞ、これは約束や。破ったら、もう二度とA子とは遊んだらへん』
脅迫としか思えなかったが、彼らの目は真剣そのもので、幼い私はようやく覚悟を決めて、やつらのパンツを手にとる決心をした。

『じゃあ、みんな一斉にパンツを脱いで、ここへ並べてよ』
ベニヤ板の上からいびつな石を取り除き、やつらの前まで引きずって行く。

『一斉になんて、あかん。順番を決めるべきや。でないと承知せん』
健次のやつが、いつまでも食い下がってくる。

『そしたら、もういい。健ちゃんたちが遊んでくれないって、お母さんに言いつけるもん』

そのことばでようやく健次も納得し、彼らは私の前でズボンをさげた。

しかも下着に手をかけてからも、まったくのためらいを見せず、一気にパンツを脱ぎ、それを右手に持って頭上で大きく振り回した。

今から思えば、ひどくまぬけな格好だったと記憶している。

ただし問題なのはその態度のほうではなくて、明らかに別の部分である。

左手は股間に添えられてあったが、指のすき間からは、おかしなものがのぞいていた。

『エッチ』
私はその場でうずくまって、両手で顔を隠して泣きだした。

すると少年たちは、あわててこちらに近づいてくる。

『だめだめ、そんな格好でこっちへ来ないでよ』
下半身丸出しの男たちに近寄られるのは、幼い私でさえもさすがに抵抗があった。

『悪かった。もう泣くな、A子』
三人は情けない顔をしながら、遠巻きにこちらを眺めていた。

『早くパンツをそこへ置いてよ』
私は泣きながらも、懸命に大声を出した。

それを聞いた彼らは、すごすごとベニヤ板の上にパンツを置き、両手で股間をかばいながら、また元の位置に戻って行く。

彼らの行動を逐一、確認したあと、私は首からさげたおもちゃのバッグを手元に引き寄せた。

そこからサインペンを取り出したあと、キャップを外してベニヤ板のそばに近づいた。

その場にしゃがんで、彼らのパンツにペンを走らせる。〈けんじはらんぼうもの〉〈たつおはええかっこしい〉〈じゅんぺいはむっつりスケベ〉

書き終えたあと、三枚のパンツを一カ所に集め、親指と人さし指でそれをつまんで持ち上げる。そのまま橋の上へと駆け出した。

『A子、なにをするつもりや』
少年たちの呼ぶ声が背後から聞こえてくる。

走りながらも、彼らが私を追いかけてくるのがわかった。それでも私は振り返ろうとはしなかった。橋の上に到着すると、ようやく足を止め、乗り出すようにしながら下をのぞいた。

『どうするつもりなんや』
健次が私のすぐそばで、わめいている。

『ここから川に流すの』
『なんでそんなもったいないことをするんや。そのパンツはまだまだ使えるでぇ』

私にはどうせ、使い道なんてあるはずがない。

『精霊流しみたいにするの』

『けど、せっかくのパンツやし、三枚もあるんやし――』

辰男のことばは意味不明だった。

『ここに書いてあるのはみんなの欠点やから、これから努力して直してほしいの』
三人は納得して、私の周りを取り囲んだ。

私は指先にあるおぞましい三枚のパンツを振りかざし、橋の上からめいっぱいの力でほうり投げた。

白い布は羽ばたくこともなく、あっさりと流れの中に飲み込まれた。三人の少年たちはぼう然とした面持ちで、自ら履き古したパンツを見送っている。

おぞましい白い布が視界から消え失せたとたん、私はようやく落ち着いた。だけど彼らの股間には、問題が残ったままだ。

『その格好を、早くなんとかしてよ』
私のことばで彼らはわれに返り、あわてて河原におりてズボンに足を通した。

というわけで、多少の不満はあったにせよ。村で唯一の風俗店はこうして無事に、閉店した。

「ツチノコ、探しに行くんやろ」へ続きます。 www.8ssan.com

最後まで読んでくれて、本当にありがとうございます。

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