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駅前第四ビルが愛した植樹

何も持たない君に、武器はもう必要ない。

精霊流しか、花吹雪

なにがなんだかわからぬままに、淳平が運転する軽トラックに乗せられた。

精霊流しか、花吹雪

「出発じゃ」

とにかくお尻が痛い。
天井に頭をぶつけた回数も、五回をすぎたころから数えるのをやめた。

「ねえ淳平、いったいどこへ行くつもりなの?」
どうも身の危険を感じたりもするし、確かめておいたほうが無難だと思った。

「黙ってついてこいや」
相変わらず淳平は、どこまでも上からものをいう。

だけど私にしたってあまりしゃべると舌をかみそうだったので、これ以上、不平を述べるわけにもいかず、おとなしくやつのいうことに従った。

「魔方陣の中心で」からの続きです。前の記事から読んでもらったほうが分かりやすいですが、この記事だけでも完結しているので、問題はありません。

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十分もすると軽トラックは停車した。

「着いたぞ、A子、車からおりてこっちへ来い」

連れてこられた場所は、なんと例の河原だった。暗くてここからはよく見えなかったが、あの小さな橋もきっとあるに違いない。

「足もとに気ぃつけて歩けよ」
やつが懐中電灯で前を照らしてくれる。

だけど下駄ではかなり歩きづらかったし、私はあっちこっちでおっとっと、それを見かねた淳平が軽トラックの荷台に近づいて、そこから何かつかんで戻ってくる。

「これを履け」
私に向かって手の中にあるものをほうり投げた。道に転がった物体を恐る恐る確認してみると、どうやらそれはゴム草履のようだった。

「えっ、いいよいいよ」

あのゴム草履には絶対に足を入れたくない。

「ええことはないやろ。下駄のままじゃ不便やし、そのままやと河原におりることもでけへんぞ」
この格好で、誰があんなところへおりるんだ。

「でも私って、浴衣を着てるわけだし――」
「気にすんな。ちゃんと手を引いてやる」
「ここからでも十分に楽しめそう」
愛想笑いを浮かべながら、頭を左右に振ってみた。かなりかわいくやったつもりだったんだけど、淳平にはまったく通用しない。

「ええから、ぐずぐずせんとはよう来いや」
淳平のやつは話し方もそうだったが態度のほうもひどく乱暴で、その上、昔の健次よりもよほど強引な感じがした。

こうなったら私も黙ったままではいられない。

「こんなところへ連れてくるつもりなら、なんで浴衣を着てこいなんていったのよ」
ついに私はキレて高い声でやつをなじる。

それに対する淳平は至極、落ち着いたものである。顔色一つ変えるわけでもなく、目を細めながら、私の姿を上から下までじっくり眺めたあと、ゆったりとした調子で口を開いた。

「A子は昔から浴衣がよう似合うたからのぅ」

それを聞いた私はやや和んだが、この程度のお世辞を真に受けるほど幼くもなかったし、淳平の変わり身の早さにはただあきれるばかり。

だけど不思議と頭にのぼった血はいつの間にかおさまってしまい、結局のところ、ゴム草履に足を通す決心をした。

「ねえ淳平、これって淳平の草履なんでしょ」
「そうや」
「水虫とか、そういったたぐいのものを飼ってたりはしてないよね」
「当たり前じゃ。そんなもん、十代のときに医者へ行って全部、直したわ」

全部? 水虫以外にも飼育していたものがあったというわけか。

それを聞くと足の裏がなおさらびくついて、皮膚呼吸でさえも危ない状態になったんだけど、今さらどうしようもなかったから、覚悟を決めて足を載せた。

そのとたん、おぞましい感覚が全身に広がり、すぐにあちこちがかゆくなった。

「河原へおりる前に橋の上まで行くぞ」
淳平はそういいながら、軽トラックの荷台から一斗缶を抱えて戻ってくる。そのあと私の手を引いて、暗闇の向こうへ進もうとした。

引っ張るな。

「この草履って大きすぎて余計に歩き難いよ」
「ぜいたくいうな」
ほんとにえらそうなやつだ。

いくら温厚な私にしたってもうそろそろ限界で、頭の中でぷつんという音がしたんだけど、まだそれほど大きな音じゃなかったから我慢した。

私はひどい不満を抱えながらも、しかたなく淳平のあとをついて歩く。

やがて橋の上に到着した。

そこから下を眺めてみると、闇の中を流れる小川の息づかいを感じ、星のかけらが川面でゆったりと揺れているのがわかった。

首を回せばあたりを一望できる。周りを取り囲む緑の壁はすっかり闇のベールに覆われて、黒い樹木はまるで、両手を広げた巨人のようだった。

その前に立つとなんだか少しおじけづく。全身の毛穴が縮むような思いがした。

「いったいなにをするつもりなのよ」
私がそんな風に聞いても淳平はしばらく返事をせず、抱えていた一斗缶を地面に置いたあと、こちらを向いた。

「ここにはな、おれたちの宝物が入ってるんや」
自慢げな顔をしながらやつはそんなことをいい、缶の上にかぶせてあった布を取り去って中身を明かす。

「これって、花びらじゃないの」
一斗缶の中には花びらがぎっしりと詰め込まれてあった。

「そうや、集めるのに苦労したんやぞ」
「こんなもん、いったいどうするつもりなのよ」
「橋の上からまくんや」

なるほどね、そういうことですか。

「A子と健ちゃんがこの下を潜ったときも、おれと辰ちゃんで花びらを集めてここからまいた。あのときのことはお前かて忘れてへんやろ」

「そうだったよね」

「落ちてくる花びらはきれいやったか」
「うん」
「けどな、この上から見る花びらのほうがもっと絶景やった。それをA子にも今から見せたるわ」

「この暗闇の中で――」
淳平のやつには私のことばは、決して届かない。

「ほうら、一気にまくぞぅ」
やつは一斗缶を頭上にかざし、それを逆さにして、あとは勢いよく振り回す。舞い落ちる花びらはチョウのように羽ばたいて、まるで生き物のごとく水面に着地した。

「どうや、きれいやろ」
「ほんとだね。暗闇ってひょっとすると、人間の想像力をめいっぱいに高めてくれるのかもしれないね」

淳平と並んで橋の上に立っているはずなのに、私の上に花びらが振ってくるような錯覚があった。

鳥肌が立つ。そんな私を見てやつは満足そうな顔をした。

「次や、これもわれながらええアイデアやと思うとるんや」
そういいながら淳平は、シャツの胸ポケットにあるサインペンを引き抜いて、一斗缶の上から取り去った布でそれをくるんだあと、自慢げな表情をまったく隠そうともせず、手の中にあるものを私の前に差し出した。

「今度はなに?」
今の雰囲気はかなり心地よくて、わくわくしながら次の出し物に期待した。

「なんでもええからこれを見てみいや。こんな演出は普通のもんにはなかなか真似でけへんでぇ」
やつがそんなことをいうもんだから、私は差し出されたものを受け取ったあと、それに顔を近づけて確認した。

「これって、ひょっとして――」
絶句した。

「そうじゃ、おれのパンツや。さすがにこの場で脱いで渡すのはどうかと思うたから、家を出るときに、はき替えてきたんじゃ」

信じられない。橋の上から突き落としてやりたかった。

「それで、これをいったい私にどうしろっていうの」
「精霊流しがまた見たい。おれの欠点を今のA子に指摘してもらいたいんや」

私は口を固く閉じたままサインペンを持ち直し、それを手の中にあるおぞましいものに近づけた。

〈へんたい〉そう書いてのち、淳平をにらみつけながら、やつのパンツを小川に向かってほうり投げた。

そのあと不快感をひたすら込めて、大きなため息をついてやったんだけど、やつは私の様子などまったくおかまいなし、小川に落ちた白い布に夢中といったところである。

「ねえ淳平、一つだけ忠告させてほしいんだけど、いいかな」
教えてやったほうが、これからのこいつのためにもなると思う。

「なんや」
「ほかの女の子には絶対、こんなことをしちゃだめだよ」
「当たり前やろうが。こんなばかなことを、お前以外のもんにするはずがないやろ」

どういう意味だ。

「さあ、いよいよ河原におりるぞ」
そういってやつが私の腕を強く引っ張った。

早くおうちへ帰りたい。

長くなったので、次の記事「六度の跳躍」に続きます。

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最後まで読んでくれて、本当にありがとうございます。

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