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駅前第四ビルが愛した植樹

何も持たない君に、武器はもう必要ない。

六度の跳躍

「足もとに気ぃつけて、しっかり地面を踏みしめろよ」

六度の跳躍

浴衣姿でこんな危うい石段を、なんのために無理しておりなければならないのか、それを考えだすと気が狂いそうになる。

頼りになるのは鈍い明かりを放つ懐中電灯だけだった。

隣にいる淳平が手を引いて先導してくれる。それのおかげでなんとか進めるんだけど、ここでもし、足を踏み外すようなことでもあれば、ケガをするのは私だけだと予想した。

「どうしても、河原におりなくちゃだめかな」
もう一度、頼んでみる。

「そらそうや」
「なんのために?」
「おりてからのお楽しみじゃ」
脅迫されているとしか思えなかった。

家までは大した距離ではないんだけど、送ってもらわないとやっぱり夜道は怖いし、ここで淳平の機嫌を損ねて、お前一人だけで帰れなどといわれたら目も当てられない。

しかもやつは先ほどメリーゴーラウンドで一度すねた前科がある。それらすべてを考え合わせると、決死の覚悟で河原へおりるしか、ほかに道はないような気がしている。

「精霊流しか、花吹雪」からの続きです。続きものですので、順番に読まないと分かりづらい部分があるかもしれませんが、一応は、この記事だけでも完結するようにしているつもりです。

なお、この記事を入れて、あと二つの記事でこのカテゴリーを完結したいので、少し長いです。

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「なにをぐずぐずしてるんや。はよ来いや」

こいつの神経に五寸くぎを突き刺してやりたかった。

そんなことを思いながらも、とにかく懐かしの河原に私は立った。

「こっちへ来てみろ」
「ちょっと待て、淳平。足もとを照らしてくれないと、危なくて歩けないよ」
不平を漏らしても、気遣いは限りなくゼロに近い。しまいには暗闇のせいで、やつの姿でさえも見失ってしまう。

「淳平ぇ――」
情けない声が出た。

まさに金魚鉢の中にほうり込まれた出目金の気分そのままで、翻って帰り道を模索してはみたけれど、この格好だと、とても一人では土手まで上がれそうにない。

だからと言って、このまま言いなりになってるのも悔しかったから、なんとか石段を一人でのぼってみようと決心し、背後へ二、三歩退いた。

そのとき淳平がなにかものを抱えて戻ってくる。

「ほらほら、なにをしてるんや。懐かしいもんがあるからこっちへ来いや」
仕方なく、やつのそばに近づいた。
「なんなの、それ」
暗くてよくわからなかったが、結構大きめの板のように見えた。

「昔と同じものやないけど、よう似たもんを探してあったんや。まだまだ十分に使い物になるでぇ」
「ベニヤ板?」
そういうことか、こいつの考えが全部読めた。

今までの歓迎の仕方からいって、今度は私に店員役を強いるに違いない。

「ねえ淳平、今年でいくつになったの」
「なにをいうてんねん。お前と同い年やから、二十六やろうが」
それにしてはあまりにも幼稚だ。

「それで、その板でこれからなにをするつもり?」
一応は聞いてみる。

「決まってるやろうが、お店を開くんや」
一人でやってろ。

「悪いけどそろそろ送ってくれないかな。私もちょっと疲れたし」
「気にすんな。これからやる遊びをやったら、疲れなんか全部、吹き飛ぶわ」

こいつにどうやって意志を伝えたらいいのか、まるでわからなくなった。どうやら遠回しな言い方ではピラニアの神経には届かないらしい。

「淳平は女の子とつきあったことがあるのかな」
「あるに決まっとるやろうが」
「どんな子よ」
「お前もそのうちの一人や」
おかしなことをいうやつだ。私が有名人だったら絶対に訴えてやる。

「私たちって、つきあったうちには入らないじゃないの」
「そりゃそうやけど、毎日いっしょに遊んどったやないか」
確かにそれは事実だけど、考え方にはかなりの無理がある。

「今はどうなの」
「なにがや」
「だから、つきあってる子がいるのかと聞いてるの」
「今はおらん」
「周りに女の子とかいないの」
「ここにはお前がおる」
疲れた。

「そうじゃなくて、役場にも女性職員とかいるでしょ」
「若い子はおらんな。たいていは四十すぎや」

しかたがない。こうなったら女の扱いを教えてやるしかない。

「こっちへ来なさい。そこに座ってよ」
「どうしたんや」
「いいから早くして、話したいことがあるんだから」
淳平は私に近づいて、ベニヤ板を足もとに置き、その上に腰を下ろした。

私も淳平の脇にかがんだ。満天の星がすぐそばにあり、横たわる小川のあくびが聞こえてきそうな雰囲気である。それはひょっとすると虫の声だったのかもしれないが、自然が退屈を持てあまして愚痴っているようにしか思えなかった。

「ねえ淳平、よく聞いてよね」
「なんや、はよういえ」
「私たちは昔、毎日いっしょに遊んでたよね」
「そうやったな」
「私にとってはあのころはすごくいい思い出だよ」

「おれも楽しかった。またあんな風に遊んでみたいと思うわ」
「でもね、誰でも大人になるんだよ」
「どういう意味や」
「だからね、私はもうあのころと同じ遊びでは楽しめないようになったの」

「おれのもてなしかたでは気に入らんというのか」
あまりにもとがった物言いをするもんだから、私はちょっと弱気になった。

「気に入らないわけじゃないんだよ。ほんとにうれしかったし、楽しいのも事実なの」
「さっき、楽しめないというたやないか」
揚げ足をとるな。

「楽しいのよ。それはうそじゃない。ただね、私だからまだいいよ。でも淳平だってこれから恋愛をしたりするでしょ。そのときにこんなことをしたら、相手の女の子はたいてい引くと思うよ」

「だからいうてるやないか。お前以外のもんにこんなことはせぇへん」
いらいらした。

「だったら私もそういう風に扱ってよね。いつまでも子どもじゃないんだよ」
「わかっとるけど、今のお前には、あのころのことを体験させてやるのが、一番ええと思うたんや」

「それって、どういう意味よ」

「お前、自分では気づいてないのかもしれんけど、相当、暗い顔をしとるぞ」
「だから慰めてあげようと思ったわけだ」

淳平は、優しいやつではある。しかも、勘も鋭い。

「今夜のプログラムはな、昼間メリーゴーラウンドで、サンダルをほうり投げとるお前を見たときに思いついたんや」
「ありがたいことではあるんだけど、こういう遊びじゃ、もう私の気持ちは晴れないの」

「そんなことはないはずや」
淳平はむきになった。

「ちょっと前にな、NHKのドラマでもやってたわ。都会の暮らしに疲れた女が故郷へ戻ってくる。そこで過去を振り返るんや。人間の原点というもんは、やっぱり生まれ育ったところにあるらしい。否定でけへんことや。幼いころのことを思い出しながら、自分だけの真実をようやく見つける。あのドラマには感動したなぁ」

ばかかお前は――。

「結局のところ、故郷で過去を振り返り、そのあと何もなかったかのような顔をして、ヒロインはまた都会へ戻る。それでめでたしめでたしという展開でしょ」

「いいや違う。幼なじみの青年と恋に落ち、ほんまの居場所を見つけるんや」

身の危険を感じた。

「もういい。きっと淳平にはわからないよ。現実の人生にはドラマなんてないんだよ」
「だから、おれがこうやってお前のためにドラマを作ってるんやないか」
やつの真剣な顔を見ていると、なんだか私はおかしくなった。

「でも、やりすぎだよ。いくら子供のときの遊びを再現するって言ってもね」
「パンツはやっぱりまずかったか」
「当たり前でしょ」

「おれもそう思うたんやが、あれはおれ自身のためでもあるんや」
「女に自分のパンツを持たせるのが、淳平の希望というわけだ」
こいつは本当の、変態だ。

「そうやない。パンツでなくてもよかったんやけど、あのときと同じようにしたかっただけや。覚えてるやろ。お前があの橋からおれたちのパンツを流したことを」
「覚えてるけど、今やるのは反則だと思う。子どもなら許されるかしれないけどね」

淳平は遠くに視線を向けたまま、私のことばにまるで耳を貸そうとはしなかった。
「あのときはおもろかったな。A子がおれのパンツにむっつりスケベと書いた」

「そうだったよね」
しかたがないので、少しだけ話を合わせてあげることにした。

「あれはおれにとっても、かなりショックな出来事やった」
「普通の人間ならそうでしょうとも」
「あれからおれは自分の欠点を直すためにがんばってきたつもりや」
「健康的な変態を目指したというわけね」
ばかみたい。

「人間というもんはな、自分のことになると、とたんに物事が見えんようになる。他人のアラやったら、いくらでも見つけられるのに、ほんまに身勝手なもんじゃ。そやから今のおれの欠点を、またA子に指摘してほしいと思うたんや」
「だからね、これからは変態を直すために努力しなさい」

私は立ち上がった。もうつきあってはいられない。

「ちょっと待ってくれ。次が最後なんや。ここでやめたら悔いが残りそうや。これだけはやらしてくれ」
淳平の尻の下にあるベニヤ板に視線を向ける。
「どうせまた、私に店員の役をやれっていうんでしょ」
「そのとおりや。ようわかったな」

私はため息をつきながら、天を仰いだ。

「いいわ。そのかわり今度がほんとに最後だよ。これが終わったら、ちゃんと家まで送ってよ」
「よっしゃ、約束する」

やつはうれしそうな顔をしながら、立ち上がった。ベニヤ板を河原の隅まで持って行き、その上にいびつな石を載せ始めた。

「準備完了や。A子、はようこっちへ来てみ」
どう考えても、このドラマは淳平のためにあるような気がしている。

「やればいいんでしょ、やれば」
半ばやけになり、あのときと同じ場所に立つ。
「いらっしゃいませ。今夜も蒸し暑いですね」
などとやってみた。

「この店にはいったいどんな商品があるんや。気に入ったもんがあったら買うから、説明してくれ」
淳平の魂胆は見え見えで、どうやって切り返してやろうかと思案した。

「お客さまはどんな品物をお探しなんでしょうか」
「先に商品を並べてくれたら、その中から選ぶことにするわ」

やつはなかなかの駆け引き上手で、容易にしっぽを見せようとはしなかった。

「ではこのあたりの商品をごらんになってください」
ベニヤ板のそばにかがんで、顔を下へ向けた。淳平のやつも同じようにした。

「さてさて、一番右にあるものは、多少、形はいびつですがなかなかの名品、商品名は女の純情と申します。どうですか、よかったら手にとって試してくださいね」
「女の、純情」
淳平のやつは暗がりの中でもはっきりわかるくらいにろうばいした。

開けた口くらいはやっぱり、閉じるべきだと思う。でないと相当、間の抜けた顔になる。

「あらあら、女の純情はお気に召しませんでしたか。ではこれなんかどうでしょうか。少女のキッスです。価格はなんとたったの十円、あんまり安すぎて、もはやここにしか存在しません」
やつは絶句した。

「でもお客さまには、これが一番お似合いではないかと思います。商品名は多少長いですがしっかりとお聞きになってくださいね。女の弱みにつけ込んで、夜更けに河原へ誘い、どうにかしようとたくらむ、ひきょうな男、という呼び名です。悪くないネーミングでしょ」
どうだ、淳平。

「あの――」
やつは口ごもりながらも、ベニヤ板の上に載る小石の一つを手にとった。
「これにします」

淳平が取りあげた石は、もちろん少女のキッス。

しかも、私の前に差し出された手のひらには、ごていねいにも十円玉が載っていた。

「やっぱりお客さまはお目が高い。安くて実用的なものを選ぶなんて将来有望です。ひょっとすると、村長さんになる日も近いかも」

私は十円玉を受け取ってから、立ち上がった。

「さぁさお客さま、こちらへいらしてくださいね」
やつは私の指示どおりに動いている。

「今の姿勢だと商品を受け取り難いと思いますので、もう少し腰を後ろに引いて、かがんでくださいますか。そうです。そのまま目をつぶり、唇はむぅなどとやってみるといいかもしれません。いいですよ。とってもナイスです。あとはそのままの体勢でしばらくお待ちください」

ほんとに、ばかなやつだ。

目の前にあるほうけた顔を見ていると無性に腹が立った。しかも頭の中でいつもの音が鳴る。

今、鳴ったのは、堪忍袋の切れた音である。

私はかがんで小石の一つを手にとった。もちろんその石につけられた商品名は少女のキッス、それを握ったままで立ち上がった。

右手を大きく振りかざす。

頭上にあるものは私の拳、じゃんけんのぐぅみたいな感じになっている。それで淳平の顔を思いっきり殴ってやった。

「この鈍感、もう頼まない。一人で帰る。痴漢に襲われてもかまわないし、野犬に食われるのなんて望むところよ。こんなところでお前のような変態に、セクハラされるくらいなら、そのほうがずっとまし」

「どうしたんや、A子――」
淳平が近づいてくる。私の手をつかもうとした。

それを振り切って石段へ向かう。その間も私は大声でやつのことをののしっていた。

「いっとくけどね、もしも無事に私が家に帰ったら、すぐに駐在さんのところへ駆け込んで、お前のし出かしたことを全部暴露してやる。なにが青年団長よ。順番でなっただけのくせに、笑わせるんじゃないわよ」
私は相当興奮している。

「ちょっと待て、A子」
そんなことをいわれても、もうすでに手遅れで、私はこうなってしまうと簡単には引き下がらない。

背後の声には聞こえないふりを決め込んで、さっさと小路へのぼるための石段へ足をかけた。そこでいったん立ち止まり、足もとをのぞいて顔をしかめた。

でかいゴム草履が無性に邪魔だった。

しかも下手をすると、この草履には大量の水虫菌がついている可能性がある。私は不潔きわまりない草履を脱ぎ捨てて、それをやつに向かって投げつけた。

「ごきげんよう、でももう二度と会いたくない」
あいさつが終わると、素足のままで懸命に石段をのぼろうとした。

「A子待て、その辺はコケだらけや。危ないぞ」
後ろで淳平の声がした。そのとたん、私はよろめいて倒れそうになる。

「うあ、なによこれ」 足の裏にはこんにゃくを敷き詰めたような感触があった。

それがなんだかつるつる滑る。私はあっけなく地面へ落ちそうになった。もうだめと思ったところでやつが私の体を受け止めた。

「悪かった。今からすぐに送っていくから、もうそんなに怒るな」

淳平の胸板はとても分厚くて、私が体重をかけたくらいではびくともしなかった。

「それにしても、お前は相変わらずやな。げんこつもなかなかのもんやった」
小石を握っていたからかなり効いたのかもしれないね。

「ほら、背中に乗れ」
そんなことをいいながら、やつは私の前でいきなりかがんだ。

「なんのつもりよ」
「おぶってやる。ゴム草履も気に入らんかったみたいやしな」
「いやよ。自分の足で上がる」
「遠慮するな。さっきみたいにまた転ぶぞ」
「変なとこ、触るでしょ」
その可能性はかなり高い。

「心配せんでもそんなことはせぇへんわい」
しかたなく、私はやつの背中に身を預けることにした。

「お前、結構、重ぅなったな」
頭を一発、殴ってやった。
「うそやうそや、胸の感触もまるでないわ」
こいつはほんとに変態だ。油断もすきもあったもんじゃない。そんなことを思っているうちに、小路へ到着した。そこで私はやつの背中からおろされた。

「ほんだらA子、送っていくから車に乗れや」

やつがそんな風に呼んだんだけど、私は河原を見下ろしながら、しばらくその場を動こうとはしなかった。

「ねえ淳平、こっちへおいでよ」
「なんや」
やつが私のそばに近づいて来る。

「顔におかしなもんがついてるよ」
「おかしなもん?」
「ん、ひょっとすると毛虫のたぐいかも」
「ええっ、おれは毛虫は苦手や」
「ほらほら、ぐずぐずしないの。もっとかがめ」
淳平は私の横で中腰になった。

「まぶたの上についてるみたいだから、目を閉じてくれないかな。でないと今晩いやな夢を見そうな気がする」
「わかった」

よほど毛虫が嫌いとみえて、やつはおとなしく私のいうことに従った。そこで私は淳平の顔をしばらく眺めることにした。汗の浮いた肌は地面の土と同じような色をしている。ここへ植物の種でもまけば、来年の春には見事な花が咲くかもしれない、そんなことを思いながら心の中でくすりと笑う。

こいつは結構、優しいやつではあるのよ。

「はようしてくれ」
生意気にも淳平は口をとがらせながら私をせかす。しかたなく、私はやつのほおに唇を近づけた。触れ合った瞬間、淳平はおおおおなんていう奇声をあげて、夜空の星に向かって両手を突き上げた。

「お前は、オオカミ男か」
あんまりうるさかったので、頭をまた殴ってやった。

「なんでや、さっきはあんなに怒っとったのに、急に気持ちが変わるなんておかしいやないか」
どうやら用心しているみたいである。

「いらないのなら、返してくれてもいいんだけどね」
それを聞いたとたん、やつはことばを失った。

ただし淳平が警戒するのも無理はない。私でさえ私の決断は戸惑うしかなかったし、その理由を突き止めてやろうと心のうちを探ってみれば、ひどく幼稚な答えしか返ってこない。

それでも私にとっては十分な理由だったから、淳平にはやっぱり褒美をあげるしかないと思ったのだ。

幼いころ、私は淳平のパンツにむっつりスケベと書いた。

淳平はそれをいつまでも覚えていて、おそらくは自分の欠点を、やつはやつなりに直そうとしたのではないだろうか。だから今の淳平は健次と似ているわけだし、すばやさは辰男以上だといえる。

目指した方向を間違えたような気もするんだけど、努力に対してはいつもそれなりの褒美を分け与える、それが私たちの遊びだった。

「しょうがないじゃないの。十円もらっちゃったわけだし。ただね、ほかの女の子とこういう遊びをするときには、メリーゴーラウンドまででやめといたほうがよいよ。ちゃんと学習してよね」
「確かにそうかもしれん。これからは気をつけるわ」

ようやく私たちは軽トラックに乗り込んで、激しく上下に飛び跳ねながら家路についた。

別れ際にやつは何かほざいたが、残念ながら私の心には届いていない。

やがてやつを乗せた軽トラックは、さっさと闇の中に姿を消す。

取り残された私は半ば放心状態で家の玄関をくぐった。ため息交じりに視線を落として足もとを確認すると、足の裏がひどく汚れていることに気がついた。このままでは具合が悪かったので、風呂場で冷たい水に足をつけながら汚れを落とすことにした。

水の流れる音には妙な風情がある。

覚えていても思い出せない出来事が時折、見えるような気がするから不思議である。とたんにさっき見た懐かしい景色がよみがえった。限りなく迷惑に近い善意の思い入れは、淳平が無理やり私に持たせたものだ。

それが今ごろになって私の足もとをそっと冷やしてくれている。なんだかうっとりと、私はしばらくの間、冷たい水の中から足を抜こうとはしなかった。

でも違う。すべてが違っている。

私はこのとき、淳平やこの家のことについて、うすうす気づいていた。だからもう帰るべきだと、私は私に対して小さな声でつぶやいた。

長くなったので次の記事「駅前第四ビルの最後の嘆き」に続きます。

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