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駅前第四ビルが愛した植樹

何も持たない君に、武器はもう必要ない。

不幸のチップ

かつてテレビ電話などという物々しい言葉に夢をはせた、少年たちがいました。

不幸のチップ

あの手塚治虫の漫画でさえ、登場してくるのは、でかいモニターを備え付けた電話でしかなかったのです。

ところがスマホなるものが登場すると、かつての想像をはるかに上回るような生活が、簡単に手に入りました。

まさにSFの上を行く進化と言えます。

「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる」とジュール・ヴェルヌは言いましたが、ひょっとすると「人間が想像できる以上のものを、人間は必ず実現する」のかもしれません。

私はあまりブログには慣れていないので、書きたい内容をうまく説明することができません。

分かりやすい文章というものが、書けないのです。

「スラスラ読める文章で、人の心を打てるはずがなかろうに」などと叱られながら、若い頃から、理解しにくい文章を書くことを常に念頭に置いて励んできました。

なので、やがて訪れるだろう、驚くような未来を表現するための手段としては、私にはやはり、小説形式のほうが合っているような気がします。

残念ながら僕らを生産するために必要なものは、セックスでも愛情でもなかった。

ところが生まれるための条件は、かなり厳しいと言わざるを得ない。

設計図と部品の配置だけではいかにも不足であったし、むしろ何らかの偶然か、不明な人間の意図、もしくは複雑に絡み合った感情がチップに焼き付けられた場合にのみ、使い物になる製品が生まれるのではないかと期待されている。

欲を言えば憎しみや妬み、羨望といった安っぽくて人間らしい感情を、思惑として混入させれば申し分ない。

セルフチップの容姿は主に、イヌ科を模したデザインが多いらしい。

進化の系統はたったの二つだけ、据え置き型とペンダント型のみが現存している。

僕はペンダント型のセルフチップだったが、友達のバジーは時代後れの据え置き型のチップである。

ところがバジーのやつは、古めかしいくせに頗る付きでプライドが高く、やたらと自分以外のセルフチップをバカにした。

しかも言いがかりにも長けた才能を持ち、とても論理的とは言えない幸福の定義などを持ち出して、他のチップをからかうのが常だった。

曰く、キミが不幸を呼んでいるような気がするね。キミのせいで登録者が不幸になっているのは、紛れもない事実さ。

何の根拠もないくせに、運命を断定的に決定し、いつものように一人で納得して結論を出す。

バジーはイヌ科のバセンジーという種類を真似た、据え置き型のセルフチップである。

赤毛のくせに胸や足もと、尾の先だけはやたらと白く、普段は無口で有名だったが、意味もなくハウリングしながら、そこらじゅうを嗅ぎ回るのが特徴だった。

耳の立ち具合と額の皺には、理知的な深みが浮かんではいるが、そのせいで、ややもすると鼻持ちならない印象を与えることも、しばしばあった。

ところが風貌からくる威圧感のせいか、彼が言い切ると反論する者は、全くと言っていいほど現れないのである。

「何度も言って悪いんだがね。飼い主はそれこそ災難だと思うよ。不幸のセルフチップを順番待ちして、幾ばくかのお金を払い、事件や事故の原因をわざわざ胸に飾って歩くなんて、どんな罰ゲームだというんだい」

はっきり言うが、バジーは自分の欠点を高圧的な態度で、誤魔化そうとしているようにしか見えなかった。

据え置き型のセルフチップは、主人である所有者とのスキンシップに問題がある。

携帯できないという、最大の弱点を抱えていた。

おそらくバジーもそれを重々承知しているはずだったし、内心ではたいそう恥じ入って、厄介きわまりないコンプレックスに苛まれているに違いないと、僕は予想している。

きっと僕らのようなペンダント型のセルフチップに対して、強い憧れを持っているはずである。

間違いない。

ところがバジーのプライドは最後の一線で、粘り強い踏ん張りを見せる。

希少価値があるためか、マニアックな連中には古めかしいという理由だけで、据え置き型のセルフチップは未だに、根強い人気があった。

だからバジーの口調には、溢れんばかりのプライドが今も変わらずに、そこかしこに滲み出ている。

はっきり言って、思考、言動、外見のいかなる些細な一部分を善意の第三者が任意に抜き出したとしても、謙虚さの欠片も見いだせないと僕は確信している。

「ふんっ――どんな場合でも、流行なんてもんはやがては飽きられる運命にあるのさ。普遍であることを、僕は常々、誇りにしているし、僕らチップは時間と共に脈々と成長している。だから製造年月日こそが知識の高さの証明だと言えるし、基盤に巣くったカビの一かけらにも、まさしく宇宙そのものが存在し、そこには悠久の歴史というものが深く刻まれているに違いないと、僕は断言できる」

意味がわからない。

とにかく年功序列にこそ美徳があり、経験だけに至高が宿るというのが、バジーの口癖だった。

「いくら説明をしたとしても、僕の価値観を君のような、いわゆる不幸のチップが理解することはないと思うんだ。だけどね、言わなければ分からない。だから何度も何度も同じ主張を繰り返す。そんな一見、無駄にしか見えない事柄にも、電流の中に脈々と流れる真理がある――無理矢理そうとでも考えて、時には自分をだましながら、あまりにも無為な日々をやり過ごすしか、僕には他に方法がない。考えてみれば寂しいもんさ。動力の無駄遣いだと僕だって重々わかってはいる。だけどどうしようもない。仕方がないことなんだ」

こんな調子でバジーはいつも周囲の者を揶揄し、僕らのことを不幸のチップだとからかった。

だけど僕は、不幸のチップという言いがかりには常々、反論したい衝動でいっぱいになった。

僕らペンダント型チップは、携帯性に優れ、なおかつ基盤の上に成り立つ平和をひたすら大事にしつつ、配線の隅々にまで調和を宿した健全なる製品である。

このあたりの長所については、きっぱりと宣言したい。

ただし偶然はどこにでも転がっている。

そういう場合、不幸などというものは、ある日突然、不特定多数の対象を餌食にするのが常である。

僕の所有者が軒並み理不尽な人生を呼び込んだのは、どう考えても僕の電気配線に問題があるとは思えなかったし、部品の並び方にしてもマニュアル通りなのだから、製造者の責任を追及したとしても、おそらく裁判には負けるだろう。

バジーの中傷には腹も立ったが、理論的な反論にも疲れてしまい、言いがかりにはたいてい我慢で抗った。

けれどもどうしても、チップの電源が不安定な時期が僕にだってある。

そんなときにはついつい反論を口にして、しかも必要以上に感情的になってしまうことがあるのも事実であった。

「なぜ僕をそんな風に見下して、偉そうに決めつけるんだ。製造年月日なんてもんは、人間の年齢と何ら代わりはない。どんな物質でも生物でも、最終的には腐敗から逃れるすべなんて持ち合わせてはいないんだ。それからすれば、バジーのほうが僕よりも早く、使い物にならないくず鉄になるのは、明白ってわけさ」

バッテリーの残量も計算せずに、むやみやたらと熱くなってしまうことがあるのは、明らかに僕の欠点だと言える。

「僕がキミらを見下す理由? それを僕に言わせるつもりなのかい? あんまりだよ。残酷すぎる」

「理由と言うよりも、僕は根拠を知りたいと願ってるんだ」
バジーは偏屈だが理論家で、話せば分かると僕はまだどこかで信じていた。

「おいおい、勘弁してくれよ、ビガー。君にしたって、2.8GHzのチップと、2ギガバイトのキャッシュを装備しているはずだ。自分で計算もせずに、僕に面倒なことを押しつけるなんて、それじゃあまるで、そこいらの電化製品と変わらないやり方じゃないか」

確かに僕には十分なスペックがある。それを指摘されれば、黙るしかなかった。僕は電気釜じゃない。もちろん冷蔵庫でも掃除機でも電子レンジでもない。

電化製品のようだと言われるのは、明らかに侮辱である。

屈辱と言い換えても差し支えなかった。

特に据え置き型の、時代後れのチップからこんな風にバカにされるのは、どうにも我慢ができなかった。

仕方がないので僕は、こうなったらもう一度、利用者の不幸について、細部にわたるまで計算することにした。

こんなチップ同士の会話が成立するような未来がもうすでに、そこまで来ているのかもしれません。

ソフトバンクの孫正義氏は「4年後、コンピューターは人間の脳を超える」などと言っています。

やがて現れるロボットは、人型でも犬型でもなくて、私たちの想像の上を行く形状をしているのかもしれません。

わくわくするほど、楽しみですね。

長い記事を、最後まで読んでくれて、本当にありがとうございます。

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